久保亮五展

配布されていた画集

物理学を学んで感動を覚える瞬間は人それぞれであろうと思いますが、学部時代の私にとって初めて線形応答理論に触れたときの衝撃は忘れられません。私たちが実験で測定している感受率という量について、ミクロなモデルから計算する方法を提供するだけでなく、その「時間的相関」という明確な物理的意味を与えており、何を測定しているのかを明らかにしてくれるものだと感じたからです。

線形応答理論の生みの親である久保亮五先生の展示会があるということを、学生時代にお世話になった北原先生の投稿によって知りました。北原先生は久保先生の生誕100周年記念展実行委員会の世話人として、本企画を運営されていたようです。

展示会には久保先生の若き日の作文や手記、線形応答理論を導いたノートなどが展示されていました。学部生時代、岩波の統計力学の教科書を背伸びして読み、写経のように繰り返した練習したあの式の導出が、まさに直筆の久保先生のノートに書かれてるものをみて、こうして知識というものは継承されていくのだと感じ入りました。

冒頭の写真は展示会で配布されていた画集です。この画集は久保先生の勲一等瑞宝章受賞の記念として1994年に発刊されたもので、今回の展示会のためにご遺族のご意向により希望者に進呈いただくことになったそうです。この画集には久保先生が旅行先で描かれたスケッチに、千鶴子夫人の句が寄り添い、ご夫婦の人生の貴重な記録になっています。

小谷正雄先生は海外出張の頻度でも記録保持者でいらっしゃったが「先生はどうして写真をお撮りにならないのですか」と愚問を発したところ、「写真をとると自分の眼で見る暇がなくなりますからね」と言われた。ご名答に恐れ入って、私も写真をとる代り、スケッチに心がけるようになったが、画は写真よりもだいぶ骨が折れる。・・・・・中略・・・それでも勇気を振るって描いたスケッチは二十年間に数百枚になる。・・・・

山河燦燦 久保亮五画文集 序文

数百枚のスケッチとは恐れ入ります。観察と記録という科学の基本を、100年の年月を超えて、先生に指摘されたように感じました。